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哲学科の歴史

1875年(明治8年)に同志社を創立した新島襄は、その長年のアメリカ滞在中の経験から、単にキリスト教の布教や科学技術の移入を目的とするのではなく、深く欧米の精神文化の根底にあるものの教育研究を目的とする大学の設立をめざし、その大学設立構想の中心に哲学思想の研究教育を置きました。新島の訓育を受けその志しを実現すべく活躍した人々に、山崎為徳、森田久万人、元良勇次郎、中島力造、大西祝、松本亦太郎等がいます。これらの人々は明治期日本の哲学思想界において活躍し、現在の東京大学、京都大学、早稲田大学等の哲学科創設に尽力しました。 

同志社大学は1920年(大正9年)4月に文学部と法学部とからなる「大学令」にある大学となりました。その後1927年(昭和2年)4月に文学部内に哲学と倫理学との2専攻からなる哲学科が設置され、1930年(昭和5年)に初めての卒業生をだしました。創設当時の講座担当者には大塚節治、和田琳熊、嘱託講師には高坂正顕、波多野精一などがいました。初期の卒業生には今井仙一、高田武四郎、志賀英雄、今谷逸之助等その後同志社の哲学科で教鞭をとった人達がいます。 

戦時下の1941年(昭和16年)哲学科は英文学科とともに文化学科となり、戦後になって文学部は英文、文化、社会の3学科体制となりました。当初文化学科は哲学および倫理学専攻、教育学および心理学専攻、美学および芸術学専攻、文化史学専攻の4専攻からなり、さらに後に国文学専攻がこれに加わり、教育学と心理学とが独立し、1955年(昭和30年)以降は文化学科6専攻という構成になりました。そして2005年(平成17年)4月には、文学部改組再編に伴い、文化学科の各専攻は学科に昇格し、哲学および倫理学専攻は哲学科として新たに出発することとなりました。戦後の哲学科を担った教員には、上記卒業生のほかに、浜田与助、篠田一人、中桐大有、平石善司、日下昭夫、片山寿昭、川島秀一、クラウス・シュペネマン、吉田謙二、長澤邦彦、宮庄哲夫、中山善樹、工藤和男等がいます。現在は本ホームページに紹介されている教員がその任に当たっています。
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