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教員紹介

林 克樹

職 名教授
主要担当科目倫理学概論、演習Ⅰ・Ⅱ
研究テーマ現象学の成果をふまえてカント倫理学の新たな可能性を明らかにする。
林 克樹 教授

自己紹介

《私》に対してある何ものかではなく、それ自身が《私》である生(生命)をめぐって、フッサールと共に思索してきた。生命の最も具体的なかたちは「欲する」こと、意志・意欲・欲望である。この地点から、今はカント倫理学の根本問題を考えている。カントのいう「理性」とは一つの欲望だからである。感性と悟性だけの存在なら決して問題にならない欲望。その深部を探索する上で、煩悩を凝視した仏教(唯識と浄土教)が私の支えとなっている。
林 克樹

受験生・在学生へのメッセージ

 哲学は自ら思索することを強調する。しかも徹底的に思索することを。だが、「徹底的に」とはどういうことなのだろうか。当然、そういう思索は真剣でなければならない。しかし、そもそも「真剣さ」ということ自体、自明ではない。机にしがみついて勉強している者が真剣で、勉強嫌いの遊んでいる者は「真剣」でないのだろうか。
 仏教経典に次のような説話がある。法蔵菩薩という修行者が、五劫(途方もない永い時間)のあいだ衆生を救うにはどうしたらよいか、考えに考え抜いた。自分が考えているということすら消磨するまで。「五劫思惟」とは、いわば「人間を尽くす」ような思索の比喩だろう。一生をかけても達しがたい深さを言うのだろう。本当の意味で徹底した、真剣な思索とはそういうものに触れることに違いない。
 哲学とは「智恵を愛すること」である。だが、愛するとは「愛好する」というような、呑気な意味なのだろうか。むしろ、自分を尽くして考える、という意味がなければならないのではないか。これは、勉強が好きか嫌いか、というような尺度では見えてこない。「真面目な学生」の中に、案外と不真面目さが隠されている。よく学ぶとはどういうことか、教師も学生も、哲学を学ぶ者は問い続けなければならないのである。

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